旅の終わりに

お久しぶりです。だいさちです。
時が経つのは早いもので、日本に帰国してからもう3ヶ月以上が経ちます。

約1年4ヶ月間、ギター1本だけ持って旅をしてきました。

最後に、旅の総括を一つの記事としてこのブログを終えようと思っていたのですが、帰国してからの目まぐるしい日常に追われ、なかなか時間が取れませんでした。

毎日路上に出ては、ギターをかき鳴らし、ブログを書き綴っていたあの日々が遠い昔のようです。笑

泣いても笑っても、この記事が最後の更新です。

「音楽と共に世界を巡る」という人生最大の夢、それを終えて思うこと、これからについて書いていこうと思います。

音楽は国境を超える

その始まりは、今から遡ること約6年前。とあるNPO法人主催のワークキャンプに参加し、スリランカの山奥の水も電気もない村を訪れた。

ないからこそある。
あるからこそない。

日本の日常とは全てが異なるその場所で、人と人との繋がりの深さや、暖かさに触れた20歳の夏。

別れの日、1本のアコースティックギターを囲み、日本人の皆、村人たちと大合唱した瞬間が深く脳裏に焼き付いている。

歌を歌っている時は、国籍や、言語は意味を成さない。何に所属してるだとか、どんな仕事をしてるだとか、どんな考えを持っているだとか。これまでの人生で何をしてきたかとかも、全部関係ない。

ただ、どこまでも身軽になった魂だけがそこにあって、重なり、混ざり合い、一つになって、目の前のメロディーに全てを委ねているだけだった。

人はいつか必ず死ぬ

人生が全てひっくり返るような経験をしてみたい。

スリランカを訪れて以来、旅の魅力に取り憑かれた。大学を卒業し、就職してからも、長期連休の度にギター1本だけ抱えて様々な国を訪れた。

その中でも、人生観を痛烈に揺さぶった国がある。

そう、インドだ。

ヒンドゥー教の聖地、バラナシ。

ガンジス川のほとりでは、死者を葬り続ける炎が消えることはない。ヒンドゥー教徒にとって聖なる川とされるガンジス川。亡くなった人々は、その場所で灰に変わり、川に流され、海へと還ってゆく。

人々は毎晩のように川のほとりに集い、祈りを捧げ続ける。いつか生まれ変わる時を信じて。

人はいつか必ず死ぬ。それは明日かもしれない。明後日かもしれない。

それなのに、なぜ自分は毎日を憂鬱な気持ちで過ごしているのだろう?

良い大学に行って、良い会社に入れば幸せになれる。ブランドやステータスがあれば、自分の価値を証明できる。

人から凄いと思われたい、人に凄いと言われたい。

だから、いわゆる一流企業の内定を取るために就活で死ぬほど努力した。

どうすれば自分を良く見せられるか?
どうすれば自分を好きになってもらえるか?

だが、実際に会社で働き始めると、毎日のように違和感が湧き上がってきた。

なぜここにいるんだろう?

それは「自分がどう思うか」ということではなく「人が自分のことをどう思うか」という基準で人生を決めてしまったからだ。

人はいつか必ず死ぬ。それは明日かもしれない。明後日かもしれない。だったら、自分が心からやりたいと思うことをやって死にたい。

自分が本当にやりたいことは何だろう?

脳裏に蘇ってきたのは、20歳の時のスリランカでのワンシーンだった。

想像もできないような世界

2018年7月。

仕事を辞め、日本から約10,000km離れたアイルランドという国に渡った。

音楽の国、アイルランド。西の都ゴールウェイ。

まるで、町全体が一つの楽器であるかのように。どこからともなく聞こえてくる色とりどりの音が、町を虹色に染めていく。

顔も名前も知らなかった人々が、思い思いに楽器を持ち寄り、その場限りの音楽隊に変わる。

そんなゴールウェイにあって、一際音楽好きの支持を集めているパブ「Roisin Dubh」で、初めてステージに立った夜。最初は不安でしかなかった。音楽は、その国の文化や歴史に深く根付いている。

「この国の皆が、音楽が好きだと聞いて日本から来ました。この歌は日本の歌やけど、できたら一緒に歌ってほしい。」

下手くそな英語でそう話し、おそるおそるギターを弾き始めた。

溢れんばかりのデカイ声で叫んでくれた人々。

身体が震えすぎて、歌い終わった後のことはあんまり覚えていない。

それからは、毎週のように現地のライブに参加した。遠い異国から来た音楽を、心から楽しんでくれた人々。別れ際、溢れんばかりの拍手と共に、いつか帰って来いと叫んでくれた人々。

音楽の都ゴールウェイ。日本を出発する前には、想像もできなかったような世界がそこにはあった。

あの日々を、一生忘れることはないだろう。

前澤社長に100万円をもらう

2019年1月。

アフリカのタンザニアという国の学校でボランティアをしていた時のことだ。

一瞬目を疑ったが、そのメッセージは確かに、本人の公式アカウントから送られてきたものだった。

旅を始めてから、確かに、あり得ないような出来事が起こり始めていた。

自分の心に従って生きていれば、しかるべき時にしかるべき人に出会える。しかるべき時にしかるべき人が助けてくれる。

悩み抜いた末に選んだ道。その選択は、決して間違ってはいなかった。

改めて、どんなことがあっても、自らの心に従って生きていこうと思った。

ユーラシア大陸横断

2019年3月に日本一時帰国後、ユーラシア大陸を横断。路上で歌いながら、国から国を渡り歩くという夢を実現していった。

世界最長の鉄道、シベリア鉄道によるロシア横断

ロシアで現地紙にスクープされる笑


モスクワを案内してくれたロシアン美女

フィンランド〜ノルウェー 弾丸ヒッチハイク

ノルウェー古都トロンヘイムで現地の学生たちと大合唱

クロアチア、トロギールの路上にて

ギリシャ、アテネの路上にて

芸術の都、パリ

スペイン巡礼、世界中からの巡礼者たちとの出会い

人は生きているだけで素晴らしい

様々な場所を訪れた中で、最も心に焼き付いているのは、当初の目的だった「音楽」によるものではく、歴史的な悲劇が起こった場所を訪れた時のことだった。

クラスノヤルスク日本人慰霊碑(ロシア)

シャウレイ十字架の丘(リトアニア)

アウシュビッツ強制収容所(ポーランド)

特に、アウシュビッツを訪れた後、3日間ほどあまりの衝撃で他のことが何も考えられなくなった。

「悲劇は人々の無関心によって引き起こされる」

当時、ナチスドイツが非人道的行為を行っていることは、ドイツ国民もその他のヨーロッパ諸国も知っていた。だが、それに対する批判や、それを止めるための行動を起こした人々はほとんどいなかったという。

もしかすると、現代でも同じことが言えるのではないか?

貧困、自殺、いじめや虐待

日本でも数えきれないくらいの悲劇が存在している。それらの問題に対して、あまりにも無関心過ぎてはいないだろうか?

そんな思考が頭の中をぐるぐると駆け巡っては消えていった。

 

人は生きているだけで素晴らしい。

無数の人々の犠牲の上で、この世界は成り立っている。

どんな時も、胸の中に留めておきたいこと。

長い旅を経て辿り着いた真理

正直なところ、旅をすればするほど寂しさや虚しさが込み上げてきた。特に、北欧の旅を終え、東欧に入ったあたりからは旅のモチベーションがかなり下がり、惰性で旅をしていたように思う。

言葉にできないような苦しさで胸がいっぱいになることが何度もあった。

確かに、音楽で人を楽しませることはできる。路上でチップを稼いで生き残ることはできる。

だが、それは「本物」ではない。

仮に、日本で同じことやれと言われたら難しい。俺はただ「日本人」という、日本では透明になっていたアイデンティティを利用していただけ。

旅人はどこまでも気楽だ。

誰に対しても責任を追っていない。
何の結果を求められることもない。
失敗して誰かに詰められることもない。

それはつまるところ、誰の役にも立っていないということだ。


人は、人に「与える」ことそれ自体で幸せになれると思う。

人間は元来、自然界で生き残るため、集団を形成し、お互いに助け合って暮らしてきた。だからこそ、集団への帰属感や他者への貢献感で幸せを実感できるようになっているんだと思う。

働くことは、傍を楽にすること、すなわち人に「与える」ということだ。

どんな職業であれ、社会で人の役に立っている人は皆、凄い。


夢を追いかけるということ。やりたいことをやるということは本当に素晴らしいことだ。

だが、独りよがりな生き方をするくらいなら、夢なんてない方がマシだと思う。


幼い頃に家族で過ごした日々。毎日のように1本のギターを囲み、下手くそな歌を歌っていた大学生の頃。

人は生きている。いや、人と人との繋がりの中で生かされている。

だから、人生「何をするか」も大切なことだけれど、「誰と生きるか」の方が100倍大切なんだろうな、と思う。

本当の意味で、目の前の人に「与える」ことのできる人間になろう。

そう気付いた時、旅をする理由はもはや残ってはいなかった。

旅の終わりに

何十年後かにこの旅を振り返った時。凄く遠回りをしていたように感じられるのかもしれないな、と思う。

遠くまで宝物を探しに行ったけれど、それは実は元いた場所の足下に埋まっていた。

そんな感覚。

 

「あなたは旅をして何を得たんですか?」

帰国後、社会復帰するために再就職活動をしていた際、ある面接でこんなことを聞かれ、上手く答えることができなかった。

何を得たんだろう?

 

音楽が繋いでくれた出会い、数えきれない笑顔、人々の優しさ。まるで映画の中にでもいるかのようなワンシーン、心震える瞬間、記憶。見たこともない景色、光景。寂しさと虚しさに押し潰されそうになった夜。無力感。

そのどれを言語化しようとしても、どこまでも陳腐なものになってしまいそうな気がした。

 

答えは多分、これからの人生の中で見つけていくんだと思う。

 

ふと、あるエッセイの中の言葉が思い浮かんだ。

「旅をすることで、現実をごまかしていた。旅は麻薬だ。ちょっとかっこいい自分になったような気がする。現実の自分からずれて、遠くに行ける気がする。」

「人生全部、旅にできる。就活も、仕事も、旅だよ」

今ならその言葉の意味がはっきりと分かる。

旅は続く。

 

最後に

旅を応援してくれた皆さん。
このブログをご愛読頂いた皆さん。
本当にありがとうございました。

元々、「終わりだと思った時が旅の終わり」だというふうに決めていたのですが、自分でも全く想像ができなかった終わり方になりました。

何が起こるか分からない。それも旅の醍醐味なのかなと思います笑。

一つ言えるのは、旅に出て本当に良かったっていうことです。これまでの選択には何の後悔もしていません。

心残りがあるとすれば、世界一周ブログランキングでトップに入り、ブログを書籍化するという目標が有言不実行になってしまったことです。

ですが、もしこの旅を1つの作品にできるなら、やってみたいという思いはあります。いつになるかは分かりませんが笑。

ちなみに、無事大阪で就職が決まり、実に1年半ぶりの社会復帰を果たすことができました。

まだまだ人生でやりたいこと、挑戦したいことは山ほどあります。

 

人はいつか必ず死ぬ。それは明日かもしれない。明後日かもしれない。

その価値観は今も不変です。

だからこそ、今という時を大切に、目の前の一瞬一秒を生きていたいと思います。

 

またどこかで会いましょう!!!

 

THE END

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