スペイン巡礼記「天衣無縫の旅人」

イタリア人のマルコと出会ったのは巡礼12日目のアルベルゲの中だった。
 
その日は、痛む足を引きずりながら約30kmをなんとか歩き切り、夕方遅くに小さな廃村の宿に到着した。チェックインを済ませ、部屋に入ると、そこには、気のよさそうなザ・ラテン系と言わんばかりの風貌をした一人の壮年の男の姿があった。
 
マルコと打ち解けるまでに時間はかからなかった。
 
人あたりが良く、ユーモアに溢れ、国籍言語、老若男女問わず誰にでも分け隔てなく接するマルコ。スペイン、オーストラリアに住んでいたことから、伊西英の三カ国が話せ、巡礼者同士の橋渡し役になることも多い。
 
出会った日の夜、他の巡礼者たちと一緒に近くのバーで酒を飲んだ。マルコは旅好きで、ヨーロッパ、アジアを中心に様々な国を訪れてきたという。また、オーストラリアに住んでいた時に日本人のパートナーがいた経験もあるらしく、話しは尽きない。
 
マルコはサーフボードを販売するビジネスを手がけており、秋から冬にかけては仕事が減り自由な時間ができるそうだ。そのため、かねてから興味のあったスペイン巡礼にやって来たという。尚、ここに来る人の大半は、仕事を辞めて来たか、マルコのように個人で仕事をする人のどちらかだ。
 
何杯か酒を飲み、少し酔いが回ってきた頃。マルコが突然こう切り出した。
 
『実は、巡礼を辞めてイタリアに帰ろうかと思ってるんだ。』
 
思ってもみなかった告白に唖然とする俺。
 
『向こう一週間ぐらいの天気が良くないからね。雨の中を歩くのは嫌なんだ。残してきた仕事も気になってる。でも、これまで出会ってきた巡礼者たちと一緒にいたい気持ちもあって迷ってるんだ。明日一日歩きながら考えて、結論を出そうと思ってる。良かったら意見を聞かせてくれないか?』
 
「そうだな、まずマルコにとって巡礼の目的は何?雨が降ったらそれは達成できなくなるの?」
 
『ただ、歩くのを楽しみたいんだ。でも、僕は雨が大嫌いでね。だから、また時を改めて来ようかなと思ってる。日本から来るのとは違って、イタリアからは近いし、来ようと思えばいつでも来れるしね。』
 
「話しは分かったけれど、そんなに焦って決める必要はないんじゃないかな?重要な決断をする時は、まず心を静める必要があると思う。今の君は焦っているように見えるし、その状態で決めてしまったら後悔するかもしれない。」
 
『もし帰るとすれば、飛行機の都合で明日中に決める必要があるんだ。』
 
「なるほど。まず天気についてだけど、仮に雨が降ったとしても違う楽しみ方ができると思う。晴れの時には見えない景色が見えたり、考えもしないようなことを考えたりね。それに、何度でも来れるかもしれないけど、今、この道を歩けるのは今だけ。今、こうしてカミーノに来たことに意味があるんじゃないかな。」
 
出会ってから僅か数時間だったが、マルコとはやけに波長が合うし、もっと仲良くなれそうな気がしていた。これはただの俺のエゴだけど、帰らないで欲しい!だから、俺はこう付け加えた。
 
「最後に、これは本当に個人的な願いだけど、俺は君と一緒にサンティアゴまで歩きたい。最終的に決めるのは君だから、これ以上は何も言えないけど。どんな決断になっても俺は応援するよ!」
 
次の日の朝、浮かない表情のマルコを見つけた。どうやら、昨晩はあまり寝付けなかったらしい。その心の内を反映するかのような、雨時々曇りの空模様。
 
あまり良い予感はしなかった。だけど後はもう、物事が良い方向に転がるように祈るしかない。Good luck!とお互いの健闘を近い、痛む足を引きずりながら、サンティアゴの方向へと歩きはじめた。
 
それから約数時間後。ブルゴスという町の宿で再会した時のマルコの表情は、予測に反して晴れやかだった。
 
『一緒にサンティアゴまで行こう!!!』
 
それ以来、毎日のように馬鹿みたいな冗談を言い合い、歌を歌いながら足を共にし、夜は杯を交わし、時には真剣に人生について話し合う仲になった。
 
ある時、歩きながらマルコに尋ねた。
 
「マルコにとって人生って何?」
 
どんな時も自然体で、人を笑わせ、明るい雰囲気を作り出すマルコ。彼の周りには自然と人が集まってくる。そんなパーソナリティの持ち主が、どんな考え方を持っているか知りたかった。
 
『旅をすることだね。旅をして、新しいことを経験したいんだ。そうやって、自分の世界が広がっていくことに心からの喜びを覚えるんだ。』
 
『学生の時は法律家になりたくて、法学を専攻していた。だけれど、交換留学でスペインを訪れた時、見るもの全てに衝撃を受けて全てがひっくり返った。それ以来、もっと色んな場所に行って、言語を身に付けて、新しい人と話したいと思うようになった。』
 
『だから、大学を辞めた。それ以来、年の6~8ヶ月間をウェイターとして働いて、その他の期間に旅する。そういう暮らしをもう何年もやってきたけれど、俺はこの人生が大好きだ。最近はもっと自由になりたくて、双子の兄と一緒にサーフボードを売るビジネスを始めたところさ。』
 
『大学を辞めた時、友人たちは誰も理解してくれなかった。なぜ大学を辞めてまで、そんな誰にでもできるような仕事をするんだ?ってね。でもそれで良いんだ。彼らは、お金を沢山持っているかもしれないけれど、それを使う時間が無い。僕はこの人生が大好きさ。』
 
 
自分の強さも弱さも全部受け入れて、どんな時も自然体でいられたら良いなと思う。そのめには、心で感じたことに対して、頭でブレーキをかけない感覚が大切なんだろうな。そして、感じたことが、他の誰かとは違っても、それを貫くだけの強さがあれば良い。たとえ、誰かがある物差しで測ろうとしてきても、自分の物差しを信じていられるだけの強さがあれば良い。
 
 
 
また、降りしきる雨と雪の中、マルコと共に足を進めていく。
 
『カミーノに残って正解だったよ!』
 
そんな出会いが、カミーノからの贈り物。
 
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