スペイン巡礼記「歩けなくなった日」

まだ、夜が明けきらぬ薄明かりの中、宿を出る。遠く、群青色の空、仄かな星の光を頼りに、足を進める。
 
背中の方から、少しずつ顔を出し始めた陽の光が、空と大地の暗黒に溶け、混ざり合い、黄金色の世界を描き出した。
 
巡礼者たちは、しばらく後ろを振り返り、一刻一刻と変化してゆくパノラマの美しさに身を委ねながら、歩いてきた長い道のりを思う。
 
何度かそうしているうちに、闇は消え去り、吸い込まれそうなほどの空の青さと、何千年も昔から存在しているであろう大地の輝きの中に包まれている自分に気付く。
 
カミーノ・デ・サンティアゴの巡礼路。
 
その道は、遥か彼方、山を越え、野を越え、町を越えた先、キリスト教の三大聖地の一つと称されるサンティアゴという地まで続いている。1000年以上にも渡り、何百万人もの人々が歩いてきた道だ。
 
今でも、年間約10万人を超える巡礼者たちが世界中から訪れる。宗教的な理由で歩く者、自分自身を探すために歩く者、癒しを求めて歩く者。理由や目的は何であれ、皆、目指す場所は同じ。
 
多分、人生も同じなんだろうな。一人一人が、それぞれに夢や目標を持ち、人生という名の道を歩いている。目指すものは違えど、同じ場所に向かって歩いている。その世界では「競争」や「比較」は存在せず、関わる全ての人々に対して「優しさ」を持つことができるだろう。そう、この道のように。
 
巡礼者同士のコミュニケーションは大抵、「どこから来たの?」「なぜこの道を歩いているの?」から始まる。出会うはずの無かった人々、顔も名前も知らなかった人々の人生が、この道で混ざり合う。そして、少し時間を共にするだけでかけがえのない仲間に変わる。
 
ある韓国人の女性が、開口一番に「日本と韓国の関係についてどう思う?」と尋ねてきた。突然のセンシティブな質問に少し戸惑いつつも、出会ってすぐに内容のある会話ができるのはカミーノの魅力なのかもしれないな、と思った。
 
一人で始めたはずの旅なのに、足を進める度に仲間の数が増えていく。「調子はどう?」「明日はどこまで行くつもり?」そんな何気ない会話こそが、決して楽ではない道のりを越えていくためのエネルギーになる。宿に着いて、仲間と再会した時の喜びにはこの上ないものがある。
 
しかし、巡礼8日目。歩き始めた際、右足首に痛みを覚えた。途中、薬局に立ち寄り、サポーターと塗り薬を購入。そのまま約29kmを歩き終え、次の日も痛みに耐えながら約22kmを完歩。すぐにアイシングと塗り薬でケアを行い、翌日以降の道のりに備える。
 
だが、10日目の朝、昨日にも増して痛みを覚えたため、やむを得ず一日完全休養を取ることに決めた。病院で診断を受けたところ、軽い腱鞘炎のような状態だという。どうやら、10kgを超えるバックパックを背負い、険しい旅路を歩くことは想像以上に足に負担がかかるらしい。
 
今はとにかく悔しい。身体そのものは元気なのに、その一点に支障をきたすだけで動けなくなってしまうなんて。今日は何としてでも歩きたかった。というのも、1日分遅れてしまうと、その遅れを取り戻すためには1日で尋常ではない距離を歩かなければならないからだ。
 
もちろん、巡礼において、歩くことにルールはない。どんなペースで歩いても良いし、時には休むことも必要だ。また、途中でバスを使うという選択肢もある。
 
ただ、これまで出会ってくれた人たちと、同じ景色を見て、同じ喜びを分かち合いたかったんだよな。
 
どんな道も、一人きりで歩いていたら何の面白みも、何の感動も無いんじゃないかな、と思う。
 
昨晩、明日は歩けないかもな、と思いながら寝袋の中で横になっていると、夢を見た。大学生の時の夢だった。
 
ギター弾き語りサークルに所属していた大学生の頃。毎年10月の終わりは、年に一度の学園祭に向け、部員たちが部室に集い、猛練習をし始める時期。
 
並々ならぬ思いでギターを抱え、声枯れるまで歌を歌ったあの日々。
 
心から大好きな奴らと、心から大好きなことをしていた記憶。
 
「巡礼」とは自己との対話である、と或る人は言った。それは「観光」でも無く「旅行」でも無い、自己の中に眠っている大切な何かを辿るための旅なのかも知れない。
 
久々に、懐かしい奴らと、ビールでも片手にどうでも良いことを話したい。
 
そんなことを考えながら一人、スペインの片田舎でビール片手にパエリアを頬張る日曜日も悪くない。
 
さて、明日は歩けるだろうか?
 
 
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1 個のコメント

  • だいさちさんお久しぶりです。
    相変わらず破天荒かつ元気そうでなによりです笑(?)
    ランナーなので無理する気持ちはわかりますが、
    ケガを甘くみると歩けなくなるので、ほどほどのペースで歩いてくださいね~
    もう帰ったので日本から応援してます!

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